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高松高等裁判所 昭和28年(う)435号 判決 1954年3月15日

控訴人 被告人 前田善吉

弁護人 高橋久衛

検察官 高橋道玄

主文

本件控訴を棄却する。

理由

末尾添付弁護人高橋久衛の控訴趣意について。

しかし原判決挙示の各証拠を綜合すると原判示事実は孰れも優にこれを肯認できる。即ち被告人がその社長を勤める原判示中央青果株式会社は昭和二四年九月末頃原判示長野県塩崎村園芸農業協同組合から代金は速かに回収の上同組合に送金する約束のもとに林檎四百箱の販売の委託を受けてその頃これを販売し、被告人は原判示のように右会社の業務の総轄処理者としてその販売した代金合計二二九、二四三円を回収し、当時これを右会社資金と混同して伊予合同銀行高知支店に預金して前記組合の為業務上保管中後に右組合に対する支払ができなくなることを知りながら擅にその頃これを原判示のように右会社の他債務の支払に充当して組合への支払を不能にした事実を認めることができる、そして原審がこの事実を以て被告人を業務上横領罪に問擬したことは原判決の判文自体に依つても明かである。しかもその間右各証拠に依つて右委託販売契約について他に特別の意思表示があつたことは認められないのみならず元来金銭は特にこれを封金等施した場合の外その経済的価値に変りがないから仮に委託販売代金を受託者が業務上保管中自己の資金と混同しても何等その保管に変りがなく、従つてその保管中後にこれを補顛する見込がないのに拘らず擅にこれを他の債務の支払に充当することは業務上横領罪を構成するものと解すべきであるから本件被告人の場合に於ても前記販売代金を銀行に預金して業務上保管中この預金から他の債務の支払に充当することに依つて前記組合の代金の支払が不能となることを知りながら敢えて擅に被告人が右預金を引出し他の債務の支払に充当した以上業務上横領罪の成立することは当然であつて、これと同趣旨に出た原判決は正当である。結局原判決には事実の誤認乃至所論のような違法はなく論旨は採用できない。

その他記録を精査するも原判決には破棄の事由もないから、刑事訴訟法第三九六条に則り主文の通り判決する。

(裁判長判事 三野盛一 判事 谷弓雄 判事 谷賢次)

弁護人高橋久衛の控訴趣意

原判決は事実上並に法律上横領罪を構成せず無罪の事実を有罪と認定したる違法あり破棄を免れざるものと思料す。

一、原判決は被告人は高知市中島町中央青果株式会社社長として青果物の集荷、販売、代金の回収、保管等の事務を統轄処理していた者なるところ、昭和二十四年九月末頃右会社が長野県更級塩崎村塩崎村園芸農業協同組合より林檎四百箱の販売方依託を受けてこれを販売し、同月二十六日より十一月十七日迄の間右代金二十二万九千二百四十三円を回収し乍ら之を前記組合の為業務上保管中擅に前記会社資金と混同の上同会社に於て別紙犯罪一覧表の如くその債務支払いの為古川武一外数十名に対し交付し以つて横領したものであると認定したり。

二、然れども右判決理由を検討するに原判決は被告人が塩崎村園芸農業協同組合(以下塩崎農協と略称す)の林檎代金を回収して中央青果株式会社(以下中央青果と略称す)の会社資金と混同したることが横領罪を構成すとの認定か将又右塩崎農協の林檎代金を以て中央青果の債務支払を為したることが横領なりと認定したるものなるや判文極めて不明なれども前段即ち塩崎農協の林檎代金を回収して中央青果の資金と混同したことが横領なりとせば右林檎代金の回収は中央青果の社員が回収し之れを中央青果の取引銀行たる伊予合同銀行高知支店等に預入し会社資金と混同したるは経理担当の副社長森四郎及経理課員梶田彰の為したる事にして被告人の行為に非ざることは証人梶田彰、前田秀実等の証言により明かなるが故に被告人に横領の所為なし又後段即ち塩崎農協の林檎代金を以て中央青果の債務を支払いたる事実が横領なりとせば判決自体法理の矛盾を犯し居るものと解す。判決は塩崎農協の林檎代金が中央青果の資金と混同したりと判示す。然らば此混同により塩崎農協の林檎代金と中央青果の資金とは区別せられざる段階に達し、中央青果の債務支払に充当せる金員は塩崎農協の林檎代金か中央青果の他の入金か不明にして少くとも塩崎農協の林檎代金にて中央青果の犯罪一覧表記載の債務を支払いたりとの事実は之を認む可き証拠なし。加之塩崎農協の林檎代金を回収して中央青果が伊予合同銀行高知支店の中央青果の預金口座に預入せば其瞬間に右林檎代金は中央青果の預金となり塩崎農協の林檎代金は中央青果に対する代金請求権と変化す可きが故被告人が中央青果の債務支払に充当したる金は中央青果の預金を以て支払いたるものにして塩崎農協の林檎代金を以て支払いたるものに非ざるが故に以上何れの点よりするも被告人に横領の事実なしと確信す。

三、殊に塩崎農協と中央青果との本件林檎の販売委託契約は形は委託契約なるも実は塩崎農協より中央青果が買受けたるものなり。即ち中央青果は本件契約と同時に林檎代金に相当する金三十万円の約束手形を中央青果より振出し塩崎農協に交付しあり塩崎農協の代表者星野元之助は林檎送荷後被告人を高知に尋ね林檎代金を請求せず右約束手形金の請求を為し居る事は証人星野元之助の供述により明瞭にして本件林檎販売契約は委託契約に非ず単なる売買契約に過ぎずと解せらるるを以て林檎代金横領の犯罪を構成する余地なしと思料す。

四、仮りに本件林檎販売が委託契約なりとするも青果物の委託取引は青果の品質鮮度低下並腐敗等により代金は全部回収したる後精算して荷主に送金するものにして其の間相当の日数を要するが故其の代金は一時使用を許し取引終了の時精算して支払を為すが此の種取引の常態なり、故に本件も販売代金を預金して他債務の支払に充当したりとするも最後精算を遂げ支払せば何等犯罪を構成するものに非ず(滝川、宮内共著刑法コンメンタール三一〇頁参照)然るに昭和二十四年十二月二十六日中央青果に対し整理開始命令発せられ、続いて破産宣告を受けたる為め塩崎農協に対し代金支払うこと能はざりしより問題となりたるものなるが、被告人が林檎代金を回収し之を会社資金と混同し且会社の債務に流用したりとするも此の取引の慣行に従い行いたるものにして固より犯罪を構成せざるものと思料す。

叙上の理由により被告人に対し無罪の判決を賜らんことを要望す。

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